掲載誌 | 雑誌「情報化の処方箋」(ソフトバンククリエイティブ) | |
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掲載年月 | 2007年10月(第16巻) | |
執筆者 |
山本 康 株式会社アイドゥ取締役 中小企業診断士 ITコーディネータ 情報処理技術者システムアナリスト等 システムアナリスト協会副会長 |
子供のころからインターネットに親しんでいた学生が新入社員として入社するようになった昨今、ホームページを開設し、社内にLANを構築して、インターネットに接続している「IT導入済み企業」は多い。
2005年に中小企業金融公庫が行った「中小企業動向調査」では、中小企業の情報ツール導入状況として、自社ホームページを開設している企業が59.6%、社内ネットワークを導入している企業が59.6%、モバイル機器を導入している企業が16.8%だった。(図表1参照)
しかし、社内LANを有効活用して、業務効率を向上させ、社員が情報共有している企業は意外に少ないのではないだろうか?多くのIT導入済み企業は、眠れる資産を活かしきれていないように思う。
ITは、企業経営を劇的に変革させる力を持っている。その力を発揮するため、社内LANを構築済みの企業も、未構築の企業も、ここで一度「情報化」の基本に立ち返って社内LAN構築やサーバ導入といったITインフラ整備が経営にもたらすインパクトについて考えてみよう。
従来は、情報システムと言えばコンピュータ(計算機)システムのことであり、計算をするための道具だった。そしてその役割は、人が行うと時間がかかる大量のデータ処理を人に代わって行うものだった。したがって、情報システムの導入効果は「何人の人を削減することが出来たか」ということで測ることができた。
しかし現在では、情報システムはいわゆる「コンピュータ」だけを指す言葉ではなくなってきている。例えば携帯電話を使った業務用情報システムも立派に稼働している。その役割も、むしろコミュニケーションツールとしての位置づけが重要になっている。
現代のビジネス環境では、時間的なすれ違いや空間的な距離を克服して速やかに正確な情報を交換することが求められている。それを実現するのが情報システムだ。
例えば、あるテーマで社内会議を開催すると、出席者全員が同じ時間に集まらなければならない。それに対して社内SNSなどでテーマ毎の議論を行うようにすると、各出席者は任意の時間にコメントをつけることができる。
また、顧客から注文を受けた地方の営業担当者が受注情報を情報システムに入力すると、直ちに社内の関係部署に伝達されてそれぞれの作業を始めることが出来る。
そうすると、こういった情報システムの導入効果は、「どれだけ人のコミュニケーション能力を高めたか」ということで測られるべきだろう。
例えば、LAN導入前には社員のAさんが発行した業務上のレポートは、上司と同僚の3人にしか読まれていなかったとする。社内LANを構築して誰でも閲覧できるようにしたら30人の人に読まれるようになった場合、コミュニケーション量が10倍になったことになる。社内のコミュニケーションが充実することにより、社員の帰属意識や仲間との連帯感を高めることが出来る。その結果、離職率を下げることが出来たらその効果は計り知れない。
顧客とのコミュニケーションの質を高め、量を増やしていけば、売上拡大につながるだろうし、社内のコミュニケーションを充実させれば業務効率化が図れる。
そして、新しい意味での情報システムのインフラ(ITインフラ)となるものが社内LANやサーバだと言える。
(図表2)
従来の情報システム | 新しい情報システム | |
構成機器 | 汎用計算機、オフコン | サーバ、パソコン、ネットワーク機器 組込み機器、PDA、携帯電話 |
イメージ | 計算機室、バッチ処理、大量の帳票、情報システム部主導 | ユビキタス(いつでも・どこでも)、リアルタイム処理、全てが画面上で、EUC(エンドユーザコンピューティング) |
位置づけ | 計算をする道具 | コミュニケーションツール |
導入目的 | 人に代わって大量の計算をする | 人の業務の手助けをする |
導入効果測定方法 | どれだけ人を削減できたか | どれだけ人の能力を高めたか |
●パソコンとパソコンがつながる。
LANを導入した場合の効果として、まず考えられるのはパソコンとパソコンがつながることだろう。以前はフロッピーディスクやUSBメモリ等のメディアでファイルを渡していたものが、ネットワーク経由で渡すことが出来る。
●皆がインターネットに接続できる。
これは、誰もが実感できるメリットだ。今まで無人島にいた人が、いきなり大都会に住むようなものだ。Webを検索すると、まるで近くのコンビニエンスストアのように、お目当ての情報を探し出すことが出来る。あまりに便利すぎて社員が業務に関係ないWebサイトを閲覧するなど、弊害すら指摘されている。
●無線LANを導入すれば、配線の手間が軽減される。
有線LANだと、接続先までケーブルを敷設する必要があり、接続できる範囲が限定された。しかし、無線LANを導入することでケーブルを敷設しなくてもネットワークを組むことが出来る。
このように、LANの導入はそれ自体でも効果があるのだが、企業経営に直結するような効果はLANの中にサーバを設置することで初めて実現できる。
●「ファイルサーバによる文書の共有と一元管理」
これは、特別なアプリケーションを使わなくても、工夫次第でサーバの基本機能だけで実現できる。
ファイルサーバとは、LANに接続されたユーザ(パソコン)がディスクを共有できるサーバのことだ。各クライアントパソコンはファイルサーバとファイル共有しておけば、各パソコン内部のハードディスクにあるのと同じ要領でサーバ上のファイルを扱うことが出来る。
会社の定型フォーマットの用紙をファイルサーバに用意しておく。そうすれば、社員の誰もが同じフォーマットで文書を発行することができる。それまで、各個人が自分で作ったフォーマット用紙を使っていたのに比べて、対外的な印象も違ってくる。
これまで社員の個人毎のノウハウだったものを組織のノウハウにすることができるのだ。
●業務アプリケーションの共同利用
基幹業務パッケージなどを社内LANに接続された各部署で共同利用することができる。
これらのような業務パッケージは、社内にサーバを立てずにASPを利用するという方法もある。
●グループウェア等による現場の業務改善
グループウェアに標準で装備されているスケジュール管理や会議室・機器予約機能は、比較的簡単に導入できて効果が大きい。
チームで仕事をしていると、仲間のスケジュールを確認することが多い。
この時に相手の時間を取らせずに自分で確認できるというのは効果絶大だ。
逆にスケジュールに自分の予定を書き込んでおくことが、気がつかないうちにコミュニケーション量を何十倍にも増やしたことになる。
ITインフラを導入する際の手法には、大きく分けてトップダウン型とボトムアップ型の2種類がある。
トップダウン型とは、経営者・管理者がリーダーシップを発揮して経営戦略に基づいた情報化構想によりシステム導入を図るものだ。
ボトムアップ型とは、トップダウン型と同様に経営戦略に基づいた情報化戦略の一環としてシステム導入するのだが、利用者主導・現場主導で導入を進めるものだ。
トップダウン型は、ERPパッケージなど全社的な基幹システムの導入や、全社LAN構築など、企業の主要業務遂行に直接関係する場合に適している。
ボトムアップ型は、現場の改善に密着した情報共有などのシステム導入に適している。
この手法の選択を間違えると、目的どおりのシステムが構築できなかったり、利用者に使ってもらえないようなシステムになったりしやすいので注意が必要だ。(図表3)
事例 | 内容 | 原因、コメント |
A社 ERPパッケージ導入 | 基本設計の段階からユーザ部署の要望を取り入れてカスタマイズ設計した。 「在庫数量」の意味が部署毎に違い、共通化できるような画面でも部署毎に 専用画面を作ることになった。 その結果、カスタマイズボリュームが増えたうえに、全社的な統一が実現できなかった。 | システム導入方法の選択ミス。 ERPのような基幹業務システムは、トップダウンで進めるべきなのに、ボトムアップで進めてしまった。 |
B社 在席管理(プレゼンス) | 場所が離れた事務所の従業員を管理職が管理するために、在席管理の機能をWebアプリケーションで用意した。 在席情報は手動で入力する。 従業員への説明が充分でなく、毎日在席情報を入力する人は6割以下だった。 常に表示しているわけではないので、電話を受けた際にすぐに参照することができず、画面を見ても情報が正しいかどうか疑わしいので、次第に使われなくなっていった。 | 在席管理機能の検討が不十分。 利用者の意見を吸い上げて、できる限り負担を軽減するようなものにしないと、使ってもらえない。 また、電話を受けた際にすぐに表示できる工夫も必要。 |
C社 日報登録 | グループウェアに日報を登録することにしたが、登録をサボっていても督促せず、登録した日報に対してのフィードバックも無かったため、次第に登録されなくなった。 | 定期的に運用状況をチェックせず、督促を出さなかった。 管理職からのフィードバックをするなど、日報記入のインセンティブが必要。 |
トップダウン型、ボトムアップ型のいずれの場合も、PDCA(Plan, Do, Check, Action)のマネジメントサイクルを回すのが基本的な手順だ。ここでの作業の優劣が後々の企業競争力に与える優劣までをも決定している。
各フェーズをマネジメントサイクルになぞらえて確認してみよう。
当たり前のことだが、LANやサーバの導入を決める前に、導入の目的を明確にしておくことが重要だ。導入目的を明確にしなかったために、いつの間にか「導入すること」が自己目的化してしまい、単に導入しただけで終わってしまうことがある。LANもサーバも、道具に過ぎないのであって、導入すれば直ちに効果が得られるものではない。
導入のきっかけで多いのは、取引先や親会社からの要請によるものだ。自社単独では未だ必要性を認識していないのに、外圧によって導入するというパターンだ。この場合、その目的のためだけの最低限のシステムを用意するだけになりやすい。しかし、こういった対応をしていると、情報システム構想が体系的なものにならずに、統一性の無いものになってしまう。きっかけは外圧であったとしても、これを外部環境の変化と捉えて、情報戦略に組み込むようにしたい。
導入の目的が明確になったら、目標を定めて、そこに到達するシナリオ(「機器を導入する→業務を変える→効果を出す」といったもの)を描くと良い。そしてそのシナリオを客観的にレビューしてみる。根拠の無い期待をしていないだろうか、シナリオには非現実的なストーリーが書かれていないだろうか?そういった目でチェックしてみよう。
LANやサーバに求めるものが決まれば、それに必要な予算を決めることができる。ネットワーク製品は、安価な民生品から機能・品質の高い業務用まで、様々な価格帯の機器が存在する。ベンダーの勧めに従って、オーバースペックな機器を購入したり、安さにつられて要求機能を満たさない製品を導入したりすることが無いようにしよう。
機器の選定の際には、事情に明るい第三者の意見を聞くのが良い。社員の中でパソコンに詳しい人に聞くのも一つの方法だが、パソコンに詳しいからといって企業の情報システムの導入に詳しいとは限らない。ITコーディネータなど企業の情報化の専門家で具体的な機器にも詳しい人が身近にいれば、そういう人に聞くのが一番だ。
システム構成が決まっていよいよ導入ということになる。
ここで、経営者の重要な役割は、システム導入が会社の戦略実現のための優先事項であることを社員に対して十分に説明することだ。情報システムの導入は、各部署の業務プロセス変更を伴うことが多い。そこには、仕事が増える人も仕事がなくなる人もいるだろう。十分な説明も無く業務を変えられると、反発する社員が出ることもある。こういった事態を防止し、社員のベクトルを合わせるためには、経営者の思いをストレートに伝えることが大切だ。
また、導入する側の論理ではなく利用者の視点で使いやすいシステムにすることも忘れてはならない。どんなに高機能なシステムでも、使われなければ意味が無いのだから。
社内にサーバを設置して、LANを構築したら導入プロジェクトが終わり、そのまま放置になっていないだろうか?
サーバもLAN機器も、24時間電源を入れっぱなしにするので、運用や保守が不要と思っている方もおられるが、24時間稼動させるためには運用担当者が責任を持って管理しなければならない。
ハードディスクのクラッシュなどによるデータ消失に備えるために、定期的なバックアップが必要だ。また、動作ログを定期的に調べて不自然な動きをしていないかも確認する必要がある。
サーバやLAN機器のトラブルに備えて、代替機や予備機の準備、予備品・消耗品の手配ルートの確保は欠かせない。
そして、次のActionにつなげるために、運用・保守の記録をつけておくことも必要だ。
サーバや社内LANを導入しても、いつまでも同じ機器、同じ状態で使い続ける訳にはいかない。企業が扱う情報量は年を経るごとに増大しており、ITインフラへの要求も高度化している。
データ量が増えることによって、ハードディスクを増設する必要があるだろうし、負荷の増大によりCPUやメモリの増設、サーバの増築が必要になる場合もある。また、通信トラフィックの増大によりネットワークの高速化やセグメント化が必要になる場合もあるだろう。知らないうちに、システムが業務要求に適合しなくなっているかもしれない。
定期的にシステムの見直しを行ってシステム更新計画にとりかかるようにしよう。そして次のサイクルに進んでいく。
中堅・中小企業の情報化で一番頭を悩ます課題が人材育成だ。専任の情報システム部員を持つことができればよいが、中小規模ではそれもかなわない。「情報化推進担当者」に任命された本人は、本来の業務の他に情報システムのお守りや社内ヘルプデスクのような役割を担わなくてはならず、「やっかいな役目を押し付けられた」と思うかもしれない。しかし、今や企業経営は情報システム無しには成り立たないところまで来ている。情報化推進担当という仕事を幹部候補者のキャリアパスの一環と位置づけてはどうだろう。
あるホテルでは、職人肌の料理長が取締役になっているということだが、情報化の優劣が競争力を左右する昨今、CIO(Chief Information Officer:情報戦略統括役員)という役職が脚光を浴びている。CIOを目指す若者の登竜門として任命すると、本人のモチベーションも上がるのではないだろうか。
情報システムやLANの導入に成功すると、社内業務は劇的に変わる可能性がある。
新しい情報システムの導入に際しては、どうしても新機能や性能面ばかりが気になってしまうが、ここで述べたように基本機能をどのように使いこなすかで導入効果に大きな開きが生じるものだ。
目的に沿ったITインフラを整備し、賢く運用していけば必ずや企業の業績向上に寄与するだろう。
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