掲載誌 | 雑誌「情報化の処方箋」(ソフトバンククリエイティブ) | |
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掲載年月 | 2006年10月(第12巻) | |
執筆者 | (株)アイドゥ 代表取締役 井上きよみ 中小企業診断士 シスコシステムズ認定 CCNA マイクロソフト認定 MCSE マイクロソフト認定 MCSC OCP認定 ビジネスプロデューサ(BP) |
電話、FAXに加え、電子メールが伝達手段に加わって久しく、昔に比べて便利にはなったが、それでも連絡業務にかかるストレスが少なくなったかと言えば、迷わず「はい」と答えられる人は少ないだろう。
連絡業務に対するストレスは、精神面だけでなく、その時間ロスは金額的損失に直結する。
キヤノンの開発部門が以前に自部門で実施した調査では、電話で相手とつながる割合は35%だという。そこで、相手につながらない場合、伝言を依頼するのに1分、相手からの折り返し時にこちらが不在である確率を50%、再度かけるまでの手間を3分として計算してみよう。1人1日10件電話をかける場合、伝言依頼に6分30秒、かけ直しに9分45秒で計16分15秒のロスとなる。実際には、この時間以外に、折り返し・かけ直し時に行っていた作業への復帰に相当な時間を要するはずである。とは言え、明確なロス時間だけを勘案しても、1ヶ月で約6時間、1年で72時間。100人の組織であれば7,200時間、平均時給2,500円とすれば年間1,800万円のコストをムダにすることになる。
連絡に係る時間損失と精神的ストレスは、それぞれのコミュニケーションツールが持つ「制限」によるものが大きい。その制限を外す鍵が、デジタルと通信の融合だ。
IPネットワーク化されたインフラに、電話・FAX・メールなどをデジタルデータとして統一的に扱えるデータベースシステムを構築し、コミュニケーションの「いつでも・どこでも」というユビキタス化を推進する(図1)。ここでは、このようなシステムを「IPコミュニケーション」と呼ぶことにする。
すると、それまで別々のツールだったものが、連携を取れるようになり、TPOに合った選択が可能となる。
例えば、離席中にダイヤルインへかかってきた電話。自分の携帯電話に自動転送するようにしておけば、周囲の人を煩わすことなく、相手とすぐに会話ができる。もちろん、商談や会議などで中座できない場合は、部署内で取り次ぎ、緊急であれば、携帯電話にメッセージを入れてもらうように設定しておく。
電話をかける/受ける当事者双方の二度手間をできるだけ省けられれば、他人宛電話の取り次ぎ・伝言業務も減らせる。時間ロスの削減は、先ほど算出したコストを大きくカットできる。ストレス緩和による生産性向上も期待できる。
離席時だけでなく、同じことが、外出中や自宅作業時でも同様にできると、在宅勤務の可能性を拡げられるなど、ワークスタイルの変革を導く。
図2、図3は、IPコミュニケーションで実現できる主な機能である。
実際には、これらの機能を組み合わせて利用する。上記の例も、バーチャル会議を除く3つの機能の掛け合わせで実現されている。
機能 | 内容 | メリット |
フリーアドレス、 状況に応じた転送 | 従来、端末機に対して番号が振られていたが、フリーアドレスでは、番号は個人・部署と紐付けされる。 状況に応じた転送とは、かかってきた電話に対し、どのように転送するかを細かく設定できる。 | 端末機の場所に縛られずに作業や席替えができる。転送と組み合わせれば、場所に対する制限がほぼなくなる。在宅勤務、好きな場所での作業、タスクフォースなどがやりやすくなる。 |
ユニファイド・メッセージング | 電話、メール、FAXなどのメッセージを統一的に扱える。蓄積したメッセージはメールソフトを閲覧するように見たり、検索できる。 | 取り次ぎ等の手間が軽減できる。閲覧性・検索性が向上し、作業効率が向上する。 |
プレゼンス | 在籍、外出、会議中といった各人の所在と状態を確認できる。 | 電話をかける前に相手の状態がわかり、それに応じた行動ができる。取り次ぎなど、他人の手を煩わせないで済む。所在・状態がわかるので安心できる。 |
バーチャル会議 | 複数人で同時に音声、映像、ファイルなどを用いた打合せができる。 | 移動にかかる時間と費用を削減できる。実際に集まる必要がないので、気軽に打合せができる。会議資料などのドキュメントを共有すれば、より密度の濃い打合せができる。 |
コミュニケーションの効率化・高度化は、ムダの削減にとどまらず、競争優位を確率できる。IPコミュニケーションによる競争優位事例をいくつか紹介しよう。
伸びる企業は、新しいIPコミュニケーションの導入において、顧客満足度の向上と社内業務の効率化の両方を達成するよう、システムを設計し、運用している。特に、顧客と社員との距離が近い中小・中堅企業においては、顧客の視点を忘れてはならない。これを怠ると、IT投資の失敗だけでは済まされなく、顧客離れが加速してしまう。
図4では、その失敗例を挙げてみた。これを反面教師としてほしい。
その上で、ぜひ実現したいこと、できれば実現したいことを、優先順位を付けながら、具体的に決めていくようにする。
事例 | 内容 | どうすれば回避できたか |
居留守の帝王 | A氏はいつ電話しても不在。留守電状態で「メッセージをどうぞ。」が流れる。たまたま、同じ会社のB氏に電話をかけた時、A氏の所在を尋ねると「はい、居ますよ」と。それなら、なぜ電話に出ないのかと顧客は、会社の姿勢に対し、不信感を募らせた。 | 運用の失敗。電話がかかってきた時の対処方法を個人の自由に任せ過ぎ。会社もしくは部署単位でルールを決め、それにしたがって運用する。また、想定外の使い方がされていないかも定期的にチェック。 |
幻のプレゼンス | 自席にいるはずのC氏は出張中。ずっと離席中のはずのD氏は席にいる。プレゼンス情報は正しくなく、結局、従来どおり、電話して所在を確かめ、いなければ伝言をお願いする羽目に。外部からの電話に対しても同様。伝言メモが紙からPC入力に変わった程度。 | プレゼンス機能の吟味が不十分。プレゼンス設定は各人が手動で設定するのか、どの部分で自動化が可能か等、できる限り使う側の負担を減らすことが必要。 マメな人ならともかく、手動のプレゼンス設定をしない割合が6割にのぼるという調査結果も報告されている。 |
待たせたあげくに時間外 | E社に問い合わせの電話をかけたら、自動音声が「○○については1番を、△△については2番を、・・・」と30秒近く流れ、それにしたがってダイヤルを押すと、何回かの呼び出し音の後に聞こえたのは、「本日の業務は終了しています。ご伝言の方はメッセージを入れてください」という自動音声。50秒も待った結果がこれ? 二度と問い合わせはしなかった。 | 会社もしくは部署全体としての運用の失敗。時間によって自動応答の内容を変えるべき。 業務効率化ばかりが優先し、顧客の視点で考えることを忘れている。 |
耳障りなダイヤルトーン | 老人ホームで、入居者と職員を結ぶホットラインと自動プレゼンスによる状態把握を可能にしたシステムが完成。電話機も年配者に配慮したデザインで、使い勝手もいいはず。なのに、利用があまりない。 入居者に尋ねると「受話器をとって聞こえる音がいつもと違って耳障り」と不評。 | これは思わぬ落とし穴の典型例。 「プー」というダイアルトーンや、相手にダイアルした時の「トゥルルルル」「プーウッ、プーウッ」というリングバックトーンの音色を変更できない機器、日本のNTTの音を再現できない機器もある。若い世代には全く意識すらできない点が大きな障害となってしまった。 システムを販売するSIer側の知識と経験不足。あえてユーザー側に責任があるとすれば、業者選びの失敗となる。 |
IPコミュニケーション導入において、成否を分ける重大ポイントが「メッセージ・ポリシー」の存在いかんである。メッセージ・ポリシーという言い方でピンと来なければ「電話の取り方・取り次ぎスタンス」と考えてほしい。あまりにも初歩的過ぎて、意外とないがしろにされていないだろうか。
新コミュニケーションツールの導入において、ポリシーが明確か、それが導入目的に合っているか、顧客満足度の向上につながるかを確認し、必ず文書化する。
次は、そのポリシーに沿って、どういうシチュエーションでどういう使い方をするか、細かなルールを決めていく(図5)。
これらができたら、SIerやベンダー(以下、SIer)にその内容をきちんと示し、その上で提案をもらう。
もし、ルールに示された動作が実現できない場合でも、ポリシーが確立していれば、そのポリシーを実現できる代替方法などを、SIerは積極的に提示してくれるはずだ。
反対にユーザー側のスタンスが明確でないち、SIerも判断がつきかね、SIerに都合のよい「オススメシステム」をそのまま勧めざるを得ない。結果として、それを受け入れ、導入した後、失敗に気づくことになる。
プレゼンス | 機器の基本動作 | 機器の補足動作 | その他 |
在席 | 呼び出し音を鳴らし、発呼者の番号から誰であるかがわかる場合は表示 | (3回鳴って出なければ)サブ担当者の端末に同様の動作 | |
話中 | 発呼者が誰であるかわかる場合は表示 処理方法(そのまま待たせる、折り返し電話、サブ担当に回す、ボイスメール)選択画面を表示 | (5回鳴るまでに処理方法が選択されなければ)サブ担当者の端末に対し、呼び出し音を鳴らし、相手表示 | |
(「そのまま待たせる」が選択され、さらに5回鳴ったら)サブ担当者の端末に対し、呼び出し音を鳴らし、発呼者表示 | |||
会議・来客 | サブ担当者の端末の呼び出し音を鳴らし、発呼者がだれであるかわかる場合は表示 | 急ぎの場合は、本人の携帯端末宛に緊急メッセージを入れる | |
社内 | 呼び出し音を鳴らす 同時に携帯端末の呼び出し音を鳴らす | (3回鳴って出なければ)サブ担当者の端末で呼び出し音を鳴らし、発呼者がだれであるかわかる場合は表示 | |
社外 | (社内)と同じ | ||
(上記に該当しない場合) | 部署内の電話の呼び出し音を鳴らし、発呼者がだれであるかわかる場合は表示 |
IPコミュニケーションの歴史は浅く、発展途上段階にある。それゆえ、他のシステム以上に気をつけなければならない注意点もいくつかある。
総務省の「平成16年通信利用動向調査報告書(企業編)」によれば、従業員100名以上の会社の平成16年末IP電話導入率は27.8%。現在はさらに導入が進んでいると推測できる。
それらが円滑なコミュニケーションを支える屋台骨となるには、利用者が「温かい」と感じられる、相手の顔の見えるシステムに成長を遂げた時であろう。コミュニケーションツールゆえに、ぜひ「人」を中心に検討していただきたい。
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