掲載誌 | 有料メールマガジン「Scan Security Wire(2005年度)」 今注目のネットワークにまつわる規格・制度をわかりやすく解説! |
---|---|
掲載年月 | 2005年9月1日 Vol.338 |
執筆者 | 井上きよみ(アイドゥ) |
日本におけるアンチウイルスソフトウェアベンダーといえば、シマンテック、トレンドマイクロ、マカフィーの3社が知名度でも市場シェアでも群を抜いている。そんな日本のアンチウイルス市場に果敢に参入を試みるロシア企業があるという。早速、日本オフィスを訪れ、現地法人代表のアドリアン・ヘンドリック氏を取材した。本連載では、このロシアのアンチウイルスベンダー、カスペルスキー・ラブス社について、会社、製品の特徴を2回に分けて述べる。
この会社の創業者は、ユージン・カスペルスキー氏。現在はモスクワ本部のウイルス調査チームのリーダー、技術責任者を務めている。会社組織としてカスペルスキー・ラブス社が活動を開始したのは1997年だが、彼が初めてアンチウイルスソフトウェアを作ったのは、まだロシアがソビエト連邦の一部だった1989年のことだ。
ソビエト連邦時代に数学やコンピュータサイエンスの高等教育を受けたユージン氏は、1989年当時、ファイルの圧縮アルゴリズムや暗号化アルゴリズムを研究していた。世界初のコンピュータウイルスと言われるBrainが作成されてからまだ3年後のことである。ユージン氏は、将来的にコンピュータウイルスがコンピュータシステムの大きな脅威になりうるだろうという、先見の明を持っていた。
世界初のアンチウイルスソフトウェアとされる"-V"を作成したユージン氏は、それ以降コンピュータウイルスの研究に没頭することになる。そして、1991年、初めてのアンチウイルス製品である"AVP"を発売した。
それからの数年間は、ソビエト崩壊後に成立したロシア共和国向けに、情報セキュリティ関連の仕事をこなしつつ、AVPの拡販を行っていった。
実は、AVPはAntiViral Tool Kitの略称である。Tool Kitの名称からもわかるとおり、このソフトウェアは「アンチウイルスソフトウェアを作成するためのソフト」である。ユージン氏は、アンチウイルスソフトウェアの「エンジン」部分に特化して開発を進め、そのエンジンの使い方や組み込み方には、ソフトウェア・ハードウェアベンダ向けに応用の余地を残したのである。
つまり、アンチウイルスベンダー向けに、アンチウイルスエンジンのOEM提供を行う戦略でアンチウイルスビジネスを開始した、というわけだ。自前の販売網を持たずに自らの技術を売り込むには、優れたビジネス的戦略だったといえる。1994年には初のパートナーシップ契約をフィンランドのエフ・セキュア社と締結し、アンチウイルスエンジンのOEM提供を開始、その後欧州を中心に多くのセキュリティベンダーとOEM契約を締結することに成功した。
順調に実績を伸ばしてきたユージン氏のAVP販売は、個人事業として行うにはあまりにも規模が大きくなってきてしまった。そこで、1997年、同社を設立し、会社組織としての製品供給体制、サポート体制を整えていった。
この頃になると、コンピュータウイルスの専門家としてのユージン氏の名前は欧州では広く知られるようになっていた。ウイルスに関する独自情報の収集や分析など、活躍の分野が幅広く広がっていったのもこの時期である。ユージン氏の実力はインターポール(国際刑事警察機構:ICPO)が協力を仰ぐほどのものになっており、実際に何人かの国際的なウイルス作者は、ユージン氏からの情報をもとに当局に逮捕されている。
ユージン氏率いるカスペルスキー・ラブス社は、アンチウイルスの業界では世界最先端の技術を開発し続けるトップランナーを演じてきた。まだ、会社組織化されていない段階においても、1993年に世界初の、圧縮されメール添付されたウイルスの検知が可能な製品を発売している。ユージン氏がウイルスの世界に足を踏み入れる前に、ファイル圧縮の研究をしていたことが、この技術開発には大きく貢献している。彼の才能がいかんなく発揮された好例だ。
会社組織化してからも、常に世界の最先端を走り続けている。それも、ただ単に新しい技術を開発するのではなく、次に来る脅威を的確に予測して対応してきているのが、同社の大きな特徴だ。これらの情報は、なかなか日本のメディアでは紹介されないので、いくつかの例を以下に紹介する。
1999年、LinuxやUnix系のOSを狙ったウイルスやワームが増加することを予期。それに対応するソリューションとしてLinux、FreeBSD、BSDi用のSendMail、QMail、Postfix向けのアンチウイルスソリューションを発売。現在まで、これだけ広い範囲のプラットフォームを統括管理できるソリューションは、他社からは出ていない。
2000年、Microsoft社のOfficeにてVBSを悪用したマクロウィルスの増加を予測。対応ソリューションとして、Microsoft Office向け統合アンチウイルスソリューションを、世界で初めて開発し発売開始。
2002年、携帯端末に対するウイルスの流行を予期し、PalmOSやWindowsCEなどの動作するPDA、携帯端末向けアンチウイルスソリューションを、世界で始めて発売開始。
カスペルスキー・ラブス社が、ITセキュリティ脅威の傾向を探る一つの指針としているのが、スパム、ウイルス、ハッキングの発生件数だ。これらは一体化して増減する傾向がある。そして、これらの件数の増加した年には、新しい攻撃手法が出現し、大きな被害を及ぼすことが多いというのが、同社の経験則。これに基づくなら、スパム等の件数の多い今年は、例年に比べて注意が必要な年とのことだ。
同社が、次に来る脅威だと予想しているのがモバイルウイルス、つまり携帯電話端末に感染するウイルスだ。昨年ノキア社製のシンビアンOS搭載携帯電話端末に感染するウイルスが発見され注目を浴びた。実は、世界で初めて検知したのは、他でもない同社だ。
既に同社では、昨年のうちにシンビアンOS(携帯電話用OS)向けウイルス駆除ツールの開発を完了させている。実際に筆者らは、取材時に携帯電話上で動作するアンチウイルスソフトを見たが、既に日本語化も完了しており、いつでも出荷可能な状態となっていた。
これらの技術を求めて、世界中のセキュリティ企業が同社とOEM契約を結んでいる。代表的な企業を以下に紹介しておこう。意外な企業も含まれているので、驚かれる読者も多いはずだ。
・アラジン社(イスラエル)
・ボーダーウェア社(カナダ)
・エフ・セキュア社(フィンランド)
・ノキア社(フィンランド)
・ソニックウォール社(アメリカ)
また、Unix系のサーバを含めた統合的なウイルス対策が可能であることから、世界中の企業や官公庁にて、同社のウイルス対策ソリューションは採用されている。同社の製品を採用している主な企業は以下に示すとおりだ。
・BBC(イギリス国営放送)
・エアバス社(フランス)
・テレコム・イタリア(イタリア)
・フランス・テレコム(フランス)
・ライファイセン銀行(スイスの大手銀行)
・テキサス州銀行(アメリカ)
官公庁としては、以下を挙げることができる。
・フランス文部省、郵政省
・イタリア外務省
・ロシア中央銀行
・アメリカ国防総省
・北大西洋条約機構
もちろん、採用は欧米各国にとどまらない。日本でも採用している機関は多くあり、教育関係機関とISPがその中心を占めている。代表的な顧客を以下に挙げる。
・慶應義塾大学
・福島教育総合ネットワーク(県内全域の小・中・高校をカバーするネットワーク)
・NTTレゾナント(検索サイトgooを運営)
会社としての業績が確かなものになってきた2000年、ついにカスペルスキー・ラブス社はオリジナルブランドのアンチウイルスソフトウェアを開発・発売開始した。これは、大企業から個人ユースにまで対応可能な製品群となっており、アンチウイルスのほか、アンチスパム、アンチハッカーといった多彩な機能を持っている。この製品の詳細機能については、次回で詳しく述べる予定である。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 世界的アンチウイルスベンダー・カスペルスキー・ラブス社の素顔に迫る" 第1回 ロシア生まれのアンチウイルスベンダーの実力は超一流
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.eyedo.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/74
コメントする