掲載誌 | 有料メールマガジン「Scan Security Wire(2005年度)」 今注目のネットワークにまつわる規格・制度をわかりやすく解説! |
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掲載年月 | 2005年6月2日 |
執筆者 | 大沼孝次・小松信治(アイドゥ) |
米国の調査会社インスタットによると、米国のデジタルハイビジョン視聴世帯数は、2004年3月の160万世帯から、今年になって400万世帯へと急増している。インスタット社による調査によると、デジタルハイビジョンサービスが普及しているのは米国、オーストラリア、カナダ、日本、韓国の5カ国。2005年3月現在、世界の視聴世帯数は1000万世帯で、今後数年間は堅調に増え続け、2005年末には1550万世帯に上り、2009年末には5200万世帯に達するであろうと予想している。
米国に追随する形でデジタルハイビジョンの普及が決定的となった日本でも、2011年には地上波アナログ放送が停止され、デジタル放送に全面移行する予定となっている。つまり、若干の規格の差こそあれ、今後約6年にわたりTVのデジタル放送化が進行するわけだ。これは非常に大きな需要を生み出す。実際、市場での薄型デジタルハイビジョンテレビ、デジタルハイビジョン放送対応HD/DVDレコーダー等の売上は堅調だ。
今回は、爆発的な普及が予想されるデジタルテレビのセキュリティについて、大きく2つの側面から考えて行く。1つ目は、著作権保護の話題だ。アナログ放送からデジタル放送への変換に伴い、NHKと民放連は、地上波デジタル放送のコンテンツすべてにコピー制御をかけるということを公表している。ここでは、その意味を考えてみたい。
デジタル衛星放送番組の著作権保護は、現在はスクランブルとCCI(コピー・コントロール・インフォメーション)の2段構えで実施されている。スクランブル放送は放送事業者と購入契約しなければ、テレビ番組を見られないようにするという手段である。もう1つのCCIは、複製に関する情報を映像データに埋め込む技術だ。「複製可/不可」といった情報だけでなく、複製を認める場合でも「何度まで複製して良いか」という情報を記録して保護することができる。
これらコピープロテクションの技術も様々な方法があるが、放送局側にとって非常に便利であることから、これから主流となる可能性が最も高いと言われている技術にAACS(Advanced Access Content System)がある。AACSによる著作権保護が実行されたデジタルコンテンツならば、HDCP(High-bandwidth Digital Content Protection)というインテルが開発したデジタル映像信号の暗号化システムを搭載した機器だけが、ハイビジョン信号を交換できる。
AACSが主流になれば、なぜ放送各局としてのメリットは大きいのか。実は、これまでは視聴者が録画し放題であった放送番組にコピー制御をかけることが可能になることから、ACCSでは著作権など知的財産の保護が実現できるようになる。これにより、番組のオリジナルDVD販売等の形で、従来NHKを除いて広告収入に頼らざるを得なかった放送局が、新たな収益源を得ることができる可能性があるのだ。
一方、高度なネットワークに接続されたデジタルテレビが標準化されると、一般視聴者にとってテレビは「画質のキレイな番組を観る」というものではなく、家庭におけるコミュニケーション・ツールとなる。つまり、もはやテレビと言うよりは、パソコンに近いものになるということだ。これが今回述べるデジタルテレビのセキュリティ2番目の話題だ。
今後、テレビはパソコンに近いものとなり、データ放送や電話線などのネットワークを介した双方向通信機能を活用することで、番組表の閲覧は当然のことながら、電子メールの送受信、オンラインショッピング、オンラインバンキングなどのサービスが利用できるようになるだろう。その他にも、将来的にはテレビを通じた在宅勤務や、公的機関からの各種サービス(手続き、情報提供)をはじめとして、医療・福祉(介護、遠隔医療)、教育・学習(e-ラーニング、e-トレーニング)、消費(EC)、都市・交通(ITS、e-エアポート)など、様々な利用方法が可能になっていく可能性がある。
「テレビをパソコンとして機能させる」。直感的には理解しにくいかもしれない。テレビにはマウスもキーボードも付いていないのだから、当然といえば、当然だろう。ただし、例えば以下のような利用方法は想定できないだろうか。
まず、デジタルテレビを購入したら、リモコン装置を利用しながら、様々な情報を入力する。IDとパスワード、それから基本的な個人情報を入力する。さらに、インターネットの新しい窓口として、電子商取引「Tコマース」のインタフェースをデジタルテレビが担うことが予定されているので、クレジットカードや銀行口座の番号も入力することになるかもしれない。当然、デジタルテレビを通じて重要な個人情報が行き来することになるだけに、情報の漏洩についても懸念がなされている。
実際、政府のe-japan構想を推進する財団法人日本情報処理開発協会(IPA)の報告書には「ブロードバンドとユビキタス環境は、新たなネット犯罪やシステム事故を生む危険性を孕んでいる」という危機管理についての文書も記されている。その他、報告書によると、短期化した出現サイクルに強大な感染力を備えたコンピュータウィルスや、サイバーテロの脅威に備えた情報セキュリティ対策の重要性も増している。また、「それら危機の際の予防や免疫力を高める技術、マネジメントシステムなど、スペシャリストの育成はもちろん、家庭ユーザへの注意喚起も呼びかけ、利用する各人が自衛力を養う教育訓練も必要である」とも記されている。
私たち利用者としては、これまで通りに「テレビを楽しむだけ」なら、以前に説明したHDDレコーダーを設置する時と同じやり方で、最低限のセキュリティを実施することはできる。つまり機器を直接電話回線につなげるのではなく、開放するポートを制限するなど、利便性をある程度犠牲にすればすむ。しかし、公共サービスを利用するとなると、災害などの突然な警報放送が流されるケースもあるので、80番ポートを常にオープンにしなければならない。しかし今、家庭用HDDレコーダーの80番ポートを開放していることで、迷惑メール送信業者等による踏み台騒動が巻き起こっているのは、以前述べたとおりだ。
そのためにネットワークの認証、個人情報管理技術の標準化団体Liberty Alliance Projectは、新たな適用分野としてデジタルテレビへの対応をしていく方針を明らかにした。放送技術の標準化団体「TVAnytime」との協力により、デジタルテレビ向けの仕様にLibertyの技術を盛り込み、双方向性やパーソナライズ化を踏まえた仕様を策定する方針だ。Liberty Allianceでは、ID管理とユーザ情報管理の機構を統合させ、デジタルテレビから、多様なコンテンツにシームレスにシングルサインオンできるシステムを実現することを目指している。また「TVAnytime」との連携では、将来的には、ユーザの視聴履歴や嗜好情報をフィルタリングして活用することも可能になる見通しであるという。
その他にも、メーカーや大学の研究機関など、各方面で研究者たちが積極的にセキュリティの対策について取り組んではいる。やはり最も効果が高いと考えられているのが電子認証システムであり、指紋、静脈、顔の輪郭、眼球による個人認証が推奨されている。
自宅でテレビを見る。こんな当たり前のことの意味が、テレビのデジタル化と双方向通信化によって、大きく変わってしまう。これは、個人が好もうと好まざろうと、あと数年で地上波アナログ放送が全面停止となる以上、避けて通ることはできない。
確かに、デジタル化で利便性は向上する。ただし、操作方法が根本的に変わる以上、「テレビのようなテレビでないもの」として使ってもらうのが、本当は正しいのかもしれない。デジタル放送化について、放送局、家電メーカー、一般ユーザの足並みが揃わっていないあたりからも、利便性だけを追求すべきなのかという各者の思惑の相違と意識のずれを感じ取ることができる。
本連載を通じて繰り返してきたが、情報家電はコンピュータであり、それを使う際にはセキュリティを考える必要がある。それも、老若男女問わず、だ。インターネットや携帯電話が爆発的に普及した際、些細なトラブルに遭遇した経験を持つ方も少なくないはずだ。それと同じことが、情報家電でも起こりうる可能性は、決して否定できない。利便性の裏に、少なくともそういった問題点があることははっきり認識しておいたほうがいいだろう。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: デジタル家電を安全に使うための基礎知識(4)
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